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横浜のギリシャ料理店「サロニコス」が閉店!

2004年11月23日

サロニコスは長い間まんじの秘密の隠れ家でした。サロニコスは、横浜最大の歓楽街である曙町のど真ん中にあった目立たない小さなギリシャ料理店です(地図)。店の周囲の雰囲気は最悪でしたが、それでもまんじはこのレストランが気に入っていました。

初めてサロニコスに行ったのはもう 10 年以上も前になります。それ以来、まんじはこの小さなレストランにちょくちょく通っていました。まんじのお気に入りの料理は、タラのフライ、ムサカ(ナスとマトンのパイ)、タラモサラダでした。焼きたてのパンもお勧めのメニューでした。あらゆる料理が、ギリシャから直輸入された上質のオリーブオイルを使って調理されていました。

先週の土曜日、まんじはいぬぅさんと何か食べに行こうという約束をしていました。いぬぅさんはまんじの親友の 1 人で、かつての克己会(まんじが 2002 年 2 月まで主催していた英語の勉強会)のメンバーでした。

いぬぅさんはスーパー銭湯(公共の浴場兼スパ)に行きたがっていたのですが、まんじはギリシャ料理を食べに行こうと言い張っていました。まんじは、その数日前にムサカ(有名なギリシャ料理)の夢を見ていたからです。

いぬぅさんの車で曙町に到着したとき、まんじは以前サロニコスの入っていたビルのドアにショッキングな張り紙を見つけてしまいました。それには、「永い間サロニコスをご利用頂きありがとうございました。当店は 10 月 15 日をもちまして閉店とさせていただきます」と書かれていました。ああ、もうあの美味しいタラのフライは食べられないのか!

サロニコスは 40 年以上の歴史を持ち、初老の夫婦(ギリシャ人の旦那さんと日本人の奥さん)が経営していました。女主人は以前まんじにこう語っていました。「1970 年代は、この店にとって黄金時代だったわ。ギリシャの船がいっぱい横浜港に入ってきてね。このお店もギリシャ人の船員でいっぱいだった...。奴らは朝まで飲み騒いでいたのよ」。

でも 1980 年代以降、ギリシャ人の船員は、より安価な労働者であるフィリピン人、インドネシア人、ベトナム人に取って代わられました。ギリシャ人のお得意さんも急速に減り始めていました。

1990 年代以降、サロニコスは新たな危機に直面しました。風俗産業が曙町の表通りを席巻し始めたのです。それまでこの種の店舗は、曙町の裏通りにのみ存在していたのですが、今や風俗関連のお店がこのエリアを支配しています。サロニコスもまた両側を、マッサージパーラーに挟まれてしまいました。こうしてサロニコスは、日本人の普通のお客さんが近寄りがたい場所になってしまいました。

サロニコスはまた地主さんから立ち退きを迫られていました。きっと先月、その時がやって来たのでしょう。こうした背景事情を知っていたとは言え、サロニコスの閉店は本当にショッキングなことでした。

ひとしきりがっかりした後、いぬぅさんとまんじは関内に移動し、小さなフランス料理店「ビストロカイユ」を試して見ることにしました(詳細/地図)。フルコースのディナー(4,000 円/人)とドイツワインの白をグラスで 2 杯注文しました。大変美味しいお料理でした。食通の方にはお薦めのレストランだと思います!

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